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読書感想文 白痴

I'm a hakuchi

雑記2 日本の面接は本当にコミュ力重視か

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この年になると周りがけっこう将来のことを考え出し、仕事を辞めるとか転職したとかいった話をよく聞く。就職といえば面接である。あー自分はコミュ力(コミュニケーション能力)がないから上手くいかなかったな、とか思い出して苦い気持ちになった。しかし面接でコミュ力が重要だといわれるわりに、「コミュ力抜群の人間」というものは周りにそうそう存在しない。それでも僕の周りの人間のほとんどがなんらかの面接をパスして仕事やNPO活動等を行っている。果たして面接でコミュ力は重要なのか。

 

 

「コミュ力重視で採用なんかするから、日本の経済力は地に落ちた!」なんていう議論もたまに目にするが、本当にそうだろうか?少なくとも自分も含めたまわりの人間がコミュ力抜群とは思えないのだ。

 

面接は論理的思考力を重視する

働いている身からすると、別にコミュ力抜群の人間がほしい!と思ったことはない。末端の僕がそうなのだから、役員や人事だってそこが欲しいとは思ってないだろう。逆に来て欲しくないのは、論理的に物事を考えられない人間だ。暗い人や声が小さい人より、こういう人と接しているほうが、実はイライラすることが多い。

 

 

そもそも論理的思考力とは何のことだろうか?ものすごいありふれた言葉だ。僕は「順序立てて、ステップを踏みながら、ゴールにたどり着くことができる力」だと思っている。そして、「あるステップから次のステップに移るとき、その理由をしっかり説明できること」がポイントだ。これができない人は物凄く仕事の効率が悪い。

 

 

一番の理由は、単純な暗記に頼って仕事をすすめるのですぐに脳のキャパシティがいっぱいになるからだ。AだからB,なのでC。Cということは答えはDだ。という思考は一見回りくどくて、「答えはD」という事実を覚えておくだけの方が効率がいいように思える。だけど仕事には本当に色々なパターンがあるので、その答えはD1,D2,D3,,,,,,といくらでも出てきてやがて覚えることができなくなってくる。重要なのはむしろA→B→Cというステップの踏み方を身につけて、色々な場面に応用できることだろう。また、これができないとレパートリーに無い場面に出くわしたときに何もできなくなる、という弊害もある。それが本当に答えが出せなくて上司に相談すべきものか、もっと考えればわかる問題なのかもわからない。だから「あいつはどうでもいいことを聞いてくるくせに、自分の判断で勝手にやばいことをやらかす。」なんてことを言われる。

 

 

企業が面接を行う際もこの能力を見る。企業活動はリスクの塊で、常に答えがない問題にぶち当たる。そういうことに対して自分なりの意見を持つことができて、どうしてその意見に至ったかを説明できるかどうかを見極める。むしろ、口がうまくてハキハキしているだけの人間に本気でだまされるほど会社は甘くないと思うべきだ。

 

 

コミュ力無くても自信を持つべき

なんでも極端はだめなので、さすがにコミュニケーションが全くできなかったら面接は難しいだろう。だけど、そもそも面接のようなガチガチに緊張する場でうまく喋られるなんて企業は期待していない。経験上、話しづらそうにしていると、面接官側からも色々と誘導してくれることが多かった。それは彼らが応募者の頭の中を見たがっているからだと思う。だから、面接を受ける際は聞かれたことの意図を汲み取って、それに対してむちゃくちゃ考えて、その過程を一生懸命説明できればそれでいいと思う。

 

だから自分にコミュ力が無いからと言って絶望するのはもったいないと思う。がり勉は低評価、サークル幹事は高評価、みたいな二元論にだまされないほうがいい。「恋愛経験豊富な方が、仕事ができる。恋愛のプロセスは仕事と同じ。女もおとせないようでは顧客も落とせないぞ!」みたいな、うまいこと言ってやったとしたり顔な気持ちの悪いコラムなんか気にしないほうがいい。童貞でも一流企業で働いている人間だっているだろう。

 

 

人事でもないのに偉そうなことを書いてしまったけど、働いている身から思ったことを吐き出してみた。とにかく自信をもって頭をむっちゃ使いましょうということ。

 

以上